Cord Blood

母親と子は臍の緒を通じて一つの生であった。それだけ強い繋がりがあったはずなのに。

悲しみを嘆くか受け入れるか

韓国の旅客船沈没事故で、
韓国の被害者の家族が嘆いている姿がよく映し出される。
日本人からするとこの姿が異様な光景に映る。
東日本大震災で日本人は悲しみに暮れ、
呆然と瓦礫を見ている光景が見られた。

韓国人と日本人では死という絶望的な悲しみに
対する受容の仕方が違うのではないかと思う。
日本人は自然という絶対者に対して抗えないことを知っている。
抗ったところでどうしようもないことを知っている。
昔から何度も絶対者に苦しめられ続けている。

だが、周囲の人がそれを理解し共有してくれる。
一人では抱えきれない悲しみを他人事ではなく自分の事として
共感することができる。
だから悲しみを我慢し絶望を受け入れることができる。

たとえ恨まれている、嫌われている相手であっても悲しみを共感する。
それが日本人だ。

自然災害か人災か、先進国か後進国か、そんなものは関係ない。